冬の夜空には1等星またはそれよりも明るい星が7つもあり、冬の乾燥して澄んだ空気と相まって大変煌びやかな空に見えます。なかでもベテルギウス(オリオン座)、シリウス(おおいぬ座)、プロキオン(こいぬ座)の3つを結べば冬の大三角を形作ることができ、小学4年生の理科で学習する内容にもなっています。このうちシリウスの明るさは約 -1.5 等星に達し、夜間全天で最も明るい恒星として知られています。
まばゆい光を放つシリウスを天体望遠鏡で覗いてみると、上の写真のように、その傍らに暗い星 (約8等星) が寄り添うように見えることがあります。この星のことを「シリウスB」と言い、これが今回のキャンペーンの主役となる星です。シリウス “B” というアルファベットがついているのは、明るいほうを “A” として、区別するために付けられた符号となります。なお、シリウスB(伴星)の存在は1844年にドイツの天文学者ベッセルによって予言され、1862年にアメリカの望遠鏡製作家クラークによって実在することが確かめられました。
シリウスA, B は互いの周囲を公転する「連星」であることが知られています。この天体は望遠鏡で二つの星として観察(分解)できることから「実視連星」と呼ぶこともあります。シリウスの場合、軌道周期は約50年となっており、二つの星の平均的な間隔は約20天文単位(太陽から天王星くらいまでの間隔)であることが知られています。ところで、肉眼で一つの星にしか見えなった星が、望遠鏡で観察すると二つの星に分解して見える天体があり、これを「二重星(ダブル・スター)」とも言います。二重星の中には、地球から見たときたまたま同じ方向に見えているだけ(互いに何の関係も無い)”見かけの二重星” と、シリウスのように “連星系” を成している場合もあります。
ところで、こんなに暗くて地味な星を見て、何が面白いのでしょうか?実はシリウスB という星は「白色矮星 (はくしょくわいせい)」と呼ばれる種類の天体です。白色矮星とは雑に言い換えれば、”星の燃えカス” ともいうべき存在です。えっ、星の燃えカス?ますますテンションが下がった、と思った人もいるでしょう。しかし、星の世界を知れば知るほど、避けては通れない天体の一つで、シリウスBは小学生向けの天体図鑑をはじめ、様々な一般向けの天文書にも登場するほどです。
恒星はその質量によって、最期(死)を迎えるまでの道筋が異なります。恒星の最期というと「超新星」を思い浮かべ、そのあとブラックホールなどの天体が残される、そんなイメージをお持ちの方が多いのではないでしょうか。しかしながら、この超新星という大爆発を起こすのは、太陽よりも質量が遥かに大きい(太陽質量が約8倍以上の)星に限ります。では太陽くらいの質量の星(太陽質量が約8倍以下 )は最期どうなるのでしょうか?その答えが、白色矮星なのです。
恒星の進化論に従えば、太陽くらいの質量の星は進化が進んでいくと、「赤色巨星」と呼ばれる天体に変化していくと考えられています。やがて、星を形成していたガス(外層)が、宇宙空間にジワジワと放出されていくようになり、上の写真のような「惑星状星雲」と呼ばれる天体へと進化します(”惑星” という言葉がくっついていますが、惑星とは何の関係もありません)。惑星状星雲の中心部には、お亡くなりになっている最中の星が輝いており、この段階を経て最終的には核融合反応を終えた星の芯、つまり白色矮星が残されるのです。その大きさは恒星と呼ぶにはよほど小さく、地球程度のサイズだと言われています。しかし、質量は太陽と変わらぬ量があるため(コンパクトな天体なのにもの凄く重たいことから)、白色矮星ではわずか 1cc の水が1トンに達する強力な表面重力が働いていると考えられています。なお白色矮星の輝きは、核反応によってまばゆく輝いていた頃の余熱で光り続けていますが、その熱は少しずつ冷えていき最終的には光を発さなくなるとも言われています。
ところで、白色矮星は星の燃えカスなどと説明したので、宇宙ではもうお役御免の天体だと思った方もいるかもしれません。しかし、宇宙には白色矮星が原因で、突然、爆発的に明るさが増大し、まるで新しい星が誕生したかのように見える現象があります(実際には新しい星の誕生ではありません)。このような新天体は振る舞いに応じて、新星 , 矮新星, 超新星 (※ Ia 型) などと呼ばれ、全て白色矮星が関連しています。ここでは詳細を省略しますが、激変星や降着円盤という言葉がキーワードになってくるので、興味のある方はぜひ、末尾の参考資料から紐解かれると良いでしょう。
【追記: 2022/09/30】
シリウスBの科学的な話題について、星ナビ11月号(2022)に記事を書かせて頂きました。宜しければ、併せてご覧ください。
参考資料
シリウスB、白色矮星、連星については、多くの優れた日本語の資料・文献があります。さらに詳しく知りたい方は、中でも下記の資料・文献を手に取られることをお勧め致します(順不同)。
- 尾崎洋二, 2002, 『星はなぜ輝くのか』, 朝日選書
- 西村昌能 , 2007, 『白色矮星の発見』 , 天文教育84号 (Vol.19, No.1)
- 西村昌能 , 2007, 『白色矮星の観測史』 , 天文教育 85号 (Vol.19, No.2)
- 岡崎彰 , 2007, 『白色矮星の正体』 , 天文教育86号 (Vol.19, No.3)
- 内藤博之, 2007, 『白色矮星の爆発現象』, 天文教育87号 (Vol.19, No.4)
- 岡崎彰, 1994, 『奇妙な42の星たち』, 誠文堂新光社
- 鳴沢真也, 2020, 『連星からみた宇宙』, 講談社
なお本観測キャンペーンの構想については、下記の資料がベースとなっております。
- 今村和義, 2021, 『約50年ぶり!シリウスBが見ごろ』, 天界, 第102巻, 1152号
- 今村和義, 2021, 『キャンペーン「シリウスB チャレンジ」の構想』, 日本公開天文台協会第15回全国大会(リモート), 口頭発表 (発表スライド)